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思い出のアーカイブ

暖かい夜

上田駅前から歩いて帰りました。
午前1時15分帰宅です。
暖かい夜で、風も冷たくありません。
下弦の月が東の空高くぼんやり見えていました。
一日の歩数が25011歩です。
朝の校庭5周から、常田新橋2往復で2万歩を越え、PTAの飲み会で「こう太」「ねぶた」とはしごして、歩いて帰りました。
カラオケでは、「愛の奇蹟」「なごり雪」を歌いました。
自分で歌うより、聴いている方が楽しく感じた夜でしたが、歌わないといけない雰囲気がありますので、何とか歌いました。
最後に「三日月」を歌っていたお客さんがいて、しばらく、それを口ずさみながら歩きました。
国道へ出ると、プラタナスの枯れ葉が歩道や車道に落ちていて、それを踏むとけっこう大きな音がします。
自然と♪プラタナスの枯れ葉舞う冬の道で プラタナスの散る音に振り返る♪と歌い出してしまいました。
朝は雨になるのでしょうか。
地質調査があるので、早く寝るようにします。

「どびとるでえ。」

阿波弁です。ずっと思い出さずにいましたが、今日、お風呂の中で、ふと頭に浮かびました。
お風呂に入ったら、お湯がぬるくて、追い焚きをして、暖まるまで15分くらいずっとお湯につかっていました。
そうすると、指がしわしわになってきて、ふと「どびとるでえ。」という言葉が思い出されたのです。
子どもの頃、お風呂上がりに、母が僕の指を見て言った言葉で、自分でも、どうして指がこんなにしわしわになるのだろうと不思議に思ったのを覚えています。
もう、ずっと口にしたことがない言葉でしたが、「どびる」という言葉を「ふやける」というような意味で使っていました。
残ったおかず等をとっておいて、水っぽくなって腐っているときも、「どびとる。」と言っていました。
40年ぶりに頭に浮かんだような気がします。

徳島城東高校東京支部同窓会2010

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2010年11月27日 23:24
  • 思い出 |

城東高校48年3月卒の東京近辺同窓会が新宿三井ビル54階で行われました。

東京同窓会1.jpg東京同窓会2.jpg
男性5名・女性8名の13名が参加しました。
徳島から来てくれた夫婦もいます。
懐かしい写真を見て、昔のことを思い出したり、近況報告を聴いたりして、楽しい食事ができました。
東京同窓会3.jpg三井ビルからの眺め.jpg

記念撮影です。女性はお美しいかたばかりなのですが、個人情報に配慮しました。
記念撮影城東.jpg
二次会は全員で都庁へ移動。

都庁へ移動.jpg

都庁のエレベーター内は、この13名で貸し切り状態。

都庁エレベーター内.jpg

展望室に着いて、スカイツリーやら東京タワーを見つけて、高校時代のように喜んでいます。

都庁展望室1.jpgスカイツリー方面.jpg

富士山は見えませんでしたが、神宮外苑の銀杏並木や代々木公園の紅葉を眼下に見ることができました。

神宮球場・東京タワー・六本木ヒルズ.jpg代々木公園.jpg

55才・56才なので、さすがに長く立っていられません。
展望室でTea Timeです。

都庁展望室にてteatime.jpg夕日まぶしい都庁展望室.jpg

夕日が沈むまで語らいました。
また、それぞれの日々の生活へともどって行きます。
次回は、来年の秋ということです。
新宿駅へ向かう途中にNSビルに寄りました。

都庁からNSビルへ.jpgNSビルのクリスマスツリー.jpg

NSビル内は吹き抜けになっていて、クリスマスツリーと水車で動く大きな時計がありました。

NSビルの水車時計.jpgNSビル内の吹き抜け.jpg
お昼の同窓会でしたので、家に7時に着くことができました。


これくらいに帰れると楽ですね。

 

繊維学部東雲祭2010

卒業して30年以上立ちました。
それでも、部室には、僕の撮った槍ヶ岳が壁に貼ってありました。
もう、いつ取り壊されてもいいような鉄筋コンクリートの壊れかけた部室です。
僕が所属していたのは「日曜山歩会」という名の部でしたが、今はユースホステル部になっていました。
他にも、変わっていないもの、変わってしまったもの、いろいろと懐かしく想いながら、繊維学部の中を妻と散歩しました。
senigate.jpgsenisyuei.jpg
senikodo1.jpgsenikodo2.jpg
新しく建築中の建物もあります。
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企業による建物で、大学から人材をすぐに入れられるようにするようです。
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7階から見ると、大学構内や上田の街がよく見えました。
senimain7kara.jpgseni7kara2.jpgsenigurando.jpg
7階では、100周年の資料が展示されていて、昭和55年の東雲祭の様子がビデオで紹介されていました。
僕が大学祭を楽しんでいた少し後の様子でしたが、当時を思い起こさせるのに十分です。
大きな龍の御輿を作って、上田駅前まで行ったことを思い出しました。
今はこんな御輿のようです。
senimikosi.jpg
僕は、当時、日曜山歩会の店をやっていて、焼きそば・ぜんざい・ポップコーンを作って売っていました。
その辺の伝統は受け継がれているようで、焼きそば屋がありましたので、買って食べてみました。
seniyakisoba.jpg
他にも、焼き鳥と牛すじ煮込みも食べました。
焼鳥屋は、煙がすごく、「これはテントに染みるだろうな。」と、思って、テントを見ると、城下小学校のテントでした。
seniyakitori.jpgsirositatentoyakitori.jpg
他にも、洋服屋とか、沖縄料理の店に城下小のテントが使われていました。
mainstagesirosita.jpg
繊維学部メインストリートは変わっていません。
senimain1.jpgsenimain2.jpg
学生も関西なまりで話していました。
太郎山夜間登山をするために、時間つぶしをしていた建物がボクシングジムのようになっていましたが、変わっていません。
レンガの倉庫は資料館になっていました。
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kaikomokei.jpgsenisiryokan3.jpg
妻と二人で、あの青春時代にタイムスリップしたような感覚で大学の中を歩いた楽しいひとときでした。
イオンで買い物をして帰宅する途中で、繊維学部修己寮の御輿に会うことができました。
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徳島県立城東高等学校同窓会(東京支部)

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2010年10月 5日 22:58
  • 思い出

2006年1月、城東高校同窓会(東京支部)に参加しました。
あのときに30年ぶりに会った親友のHが半年後に亡くなりました。
その告別式のときに同じく30年ぶりに会ったNが今年の正月に亡くなりました。
「同窓会に出ておかなくては、もう会えないかもしれない。」
と、思うようになりました。
僕にも友達にも、いつ死が訪れるか分かりません。
今を精一杯生きて、会えるときに会おうと思います。
11月に同窓会があるので、参加します。

サイレンナイト

クリスマスイブです。
いろいろなイブの思い出があります。
子どものときは、サンタさんが来るか、ワクワク、ドキドキでした。
学生時代のクリスマス、結婚してからのクリスマス、そして、子どもができて枕元にプレゼントをそっと置くイブの夜。
今夜は、DVDの作成に息子と二人で取り組んでいるイブです。
世界中の人たちがそれぞれのイブを過ごしていることでしょう。
メリークリスマス。

信州哀歌

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2009年10月31日 23:24
  • 思い出

信州大学繊維学部時代の飲み会でよく歌っていた歌「信州哀歌」です。
歌詞は、季節ごとになっていて、
1番 ♪春は小諸の懐古園 桜吹雪を背に受けて 信州乙女は泣いて言うた 今宵散ってもいいわと言うた♪
2番 ♪夏は星降る千曲川 水に映りし月を見て 信州乙女は泣いて言うた 今宵濡れてもいいわと言うた♪
3番 ♪秋はりんごの木の下で 長い黒髪なびかせて 信州乙女は泣いて言うた 今宵あげてもいいわと言うた♪
4番 ♪冬は静かに降る雪に たもと濡らしてせつなげに 信州乙女は泣いて言うた 早く卒業してねと言うた♪
確か、こんな歌詞でした。「早く卒業してね。」と言われながら、6年も大学に通ってしまいました。

子どもの頃の相手を痛めつけるひどい言葉

  お風呂に入っていて、小学生の頃のことを思い出しました。
  けんかして、相手を痛めつける言葉です。捨て台詞のようにして言って、逃げていくのですが、言われたら、とても悔しかった覚えがあるし、自分でも言っていたように思います。
  歌のように音程とリズムがあって、
  ♪あ~ほ~バ~カ~ちんどんや おまえのかあちゃんで~べ~そ♪
  と言うのです。
  今思えば、なんてひどい差別をしていたのでしょう。ちんどん屋さんに対しての職業差別です。
  でもその頃は、気にしていませんでした。それより、自分の母親のことを馬鹿にされて怒ったり、悔しがったりしたのです。
  今の子どもたちが、けんかして、相手を痛めつけようとして言う言葉は、「死ね。」「殺す。」などどいう物騒な言葉です。直情的で短絡的な感じがします。昔のようにリズムをつけて長めに言っていれば、腹立たしい気持ちも少し収まるかもしれません。

S先生の思い出

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2009年2月22日 17:45
  • 思い出

  S先生の告別式に参列してきました。
  教員関係や役場関係の方々が多く参列されていました。
  S先生とは2年間同僚として、楽しく過ごさせていただきました。ゴルフやカラオケなども御一緒させてもらい、公私に渡ってお世話になりました。明るく楽しい方で、笑顔の思い出しかありません。退職後も、お孫さんと楽しそうにしている年賀状の写真を見るにつけ、こんなに早く亡くなられるとは思いませんでした。具合が悪くて入院しているという話を聞き、携帯電話のメールでやりとりをしていました。残念です。ご冥福をお祈りいたします。

ロスの思い出

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2009年2月11日 18:19
  • 思い出 |

  1991年10月、初めての海外旅行でアメリカに行った。
  ロスアンゼルス国際空港に到着して、まず最初に行ったのがサンタモニカ。
  サンタモニカ
  ロサンゼルス中心部に入っていくと、マクドナルドがあった。ホンダの車もあり、日本とあまり変わりがない。
  ロスエンジェルスの街角
  失業者が道路の真ん中で職探しをしていた。「WILL WORK FOR-FOOD PLEASE」と書いたダンボールを持っている。
  職さがしの人
  チャイニーズシアターへ行った。
  チャイニーズシアター
  マリリンモンロー・チャールトンヘストン・ソフィアローレンなどの手形靴形
  スターの手形と靴跡
  リトルトーキョー
  リトルトーキョー
  ユニバーサルスタジオ ハリウッド
  ユニバーサルスタジオ
  映画の世界を体験できました。

ニューヨークの思い出

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2009年2月10日 23:52
  • 思い出 |

  1991年の10月にニューヨークへ行った写真です。
  地下鉄でサウスフェリー駅まで行って、Missエリーという船に乗りました。船から見たマンハッタンです。
  船から見たマンハッタン
  船から見た自由の女神のあるリバティー島です。
  船から見た自由の女神
  一人旅なので、近くの人に頼んで、カメラのシャッターを押してもらいました。
  自由の女神の真下にて
  マンハッタンにもどって、ウォール街を歩き、世界貿易センター近くから地下鉄に乗り、タイムズスクエアとグランドセントラルで乗り換えて、77st駅で降りました。
  セントラルパークまで歩き、メトロポリタン美術館に入りました。入場無料で、ルノアールが見られるなんて。
  メトロポリタン美術館のルノアール前
  バスに乗ってレキシントンAve.を下り、57st.で降りて、歩いてホテルにもどりました。
  エンパイヤーステートビルから見たイーストリバー方面の夜景です。右側にクライスラービル(2009年現在、持ち主が変わっているようです。)が見えます。
  エンパイヤーステートビルから見たクライスラービル方向の夜景
  イーストリバーのデッキにて
  マンハッタンのイーストリバー側
  国連ビル前にて  拳銃の先を結んであるモニュメント
  国連ビル前
  セントラルパーク  Strawberry FieldのImagineの印
  セントラルパーク イマジンの印
  セントラルパーク  氷河の跡が残る岩
  セントラルパーク 氷河の岩
  聖ヨハネス大寺院  まだ建設中の教会で、バージンロードが165m、地下にバスケットボール場やコンサートホールができる予定
  聖ヨハネス大寺院
  ハーレムの街角
  ハーレムの街角
  コロンバスデー(10月第2月曜日の祝日) 五番街のパレード
  コロンバスデーのパレード
  夜のタイムズスクエア  カーネギーホールはお休みでした。
  夜のタイムズスクエアにて
  もう18年も前のことになりました。また、行ってみたい所です。

リクエスト曲

  今、学校で職員のリクエスト曲をお昼の時間に流しています。
  来週が〆切なのですが、悩んでいます。昔の歌もいいのですが、子どもたちには分からないだろうし、かと言って最近の歌はよく知らないし、恋とかキスとかが歌詞に入っているのもまずいだろうし、・・・。
  やっぱり、宮崎駿のアニメ音楽がいいんじゃないかと思ったら、最初に思い浮かんだのが、『風の谷のナウシカ』の♪ランーランララランランラーン♪です。曲名を調べてみると、『遠い日々』と言うそうです。
  この土日に、CDを借りてこようと思っています。
  ナウシカの愛が自然・動物・人間を包みこむ感じでいいですね。

VHSビデオをDVDに

  我が家には、26年前のビデオテープがあります。
  息子が生まれたときに、初めて持ち出せる家庭用ビデオカメラが売り出され、60万円で購入して、撮影したものです。やっと歩き始めた息子の様子や家族が映像として残っています。
  それらを、デジタル化して残しておきたいと思い、GV-MDVD3を使って、VHSビデオデッキからパソコンへ映像を取り入れています。ハードディスクの空きが100Gほどなので、増設を考えています。
  8mmビデオテープもたくさんあるので、順次デジタル化していきたいと思っています。

信州大学繊維学部講堂

  春の繊維学部講堂です。
  信州大学繊維学部講堂  信州大学繊維学部講堂
  ここで卒業式をしましたが、本当に趣のある落ち着いた式ができました。
  もう30年になります。

子檀嶺岳

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2008年9月15日 14:33
  • 思い出

  30年以上前に妻と二人で登った山です。
  子檀嶺岳は、頂上の南側が岩になっている山で、遠くからも目立つ山です。
  子檀嶺岳(学生時代)  子檀嶺岳(学生時代)  子檀嶺岳(学生時代)
  紅葉がきれいな秋の一日でした。
  頂上の西側には木があって、祠の横に上がると、北アルプスが見えました。
  子檀嶺岳頂上の祠から北アルプス(穂高岳方面)を望む
  南側は、夫神岳があり、麓に青木村夫神の集落が見えます。左側に独鈷山があり、中央遠くに蓼科山が見えます。
  子檀嶺岳頂上から夫神岳・独鈷山方面を望む
  塩田平の向こうに安曽岡山が見えます。右は独鈷山です。
  子檀嶺岳頂上から安曽岡山・独鈷山方面を望む 
  東は浅間山があるのですが、少し雲に覆われています。中央が上田市街地、その上に烏帽子岳があります。
  子檀嶺岳頂上から上田市街地・浅間山方面を望む  子檀嶺岳頂上から上田市街地・浅間山方面を望むUP
  北側は菅平の根子岳と四阿山が見えます。中央は坂城の大峰山です。右には、少し岩のある虚空蔵山と太郎山が見えます。
  子檀嶺岳頂上から根子岳・四阿山(左)・太郎山(右)・大峰山(中央)方面を望む
  

霧ヶ峰(学生時代)

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2008年9月15日 13:49
  • 思い出

  学生時代に友達と霧ヶ峰に行ったときの写真です。
  七島八島の水面が鏡のように空を写し、ニッコウキスゲが咲き乱れている中でした。
  霧ヶ峰(学生時代)  霧ヶ峰(学生時代)  霧ヶ峰(学生時代)
  今は、このときのことをほとんど覚えていません。

30年前の教育実習(城西中)

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2008年9月15日 13:40
  • 思い出

  娘の教育実習が終わりました。
  自分の教育実習の頃が思い出されたので、アルバムを開いてみました。
  徳島の眉山が見える我が母校での教育実習でした。
  30年前の教育実習(城西中)  30年前の教育実習(城西中)  30年前の教育実習(城西中)
  この2週間の実習で、「教員もいいかな。」と、思えるようになりました。

みんなキラキラしてくるね

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2008年7月21日 17:24
  • 思い出

  この季節、車を運転していて、車のリアウィンドウや建物の窓・看板・街路樹などが夏の日差しを受けてキラキラしている様子を目にします。
  そうすると、浮かんでくるのが、このフレーズ。『みんなキラキラしてくるね。』です。
  サイダーの泡と秋吉久美子さんの笑顔。
  1976年頃の三ツ矢サイダーのコマーシャルだと思いますが、不思議と覚えています。秋吉久美子さんは僕と同い年だと思いますので、このとき22才。ふくれ面が印象的でした。

満月の入り

  今朝、4時半に目が覚めました。
  窓ごしに西の方を見ると、太陽が西から昇っていると思えるほど、びっくりしました。
  よく考えると、朝だし、太陽は東で日の出前ぐらいです。「あれは、月でしかない。」「満月が沈んでいこうとしているところだ。」と、思えてきました。
  そういえば、20年ぐらい前に夜徳島に向けて車で出発し、名古屋の市内で夜明けを迎えたときに、同じように、満月の入りを日の出と勘違いして、東と西がこんがらがって迷ったことがありました。太陽に見えたのが満月だと分かってからは、方向感覚を取り戻しましたが、ナビがあればねえ。

線香花火

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2008年7月19日 09:22
  • 思い出

  テレビを見ていて、家族4人で線香花火の話題になりました。
  「あんな紙の線香花火が1本で200円もするなんてね。」僕が「昔は藁(わら)だったよねえ。」と言うと、他の3人は知らない様子。86才の義父と81才の義母も知らない。妻も知らないと言います。「え~っ! わらの先に黒い火薬が2cmくらい付いているやつ、知らない?」と聞いても、まったく知らないみたいです。逆に「そんなの売ってるのは徳島だけじゃないの?」と言われてしまいました。
  子どものときの懐かしい思い出。長持ち競争をして、赤く輝く小さな玉をじっと見つめたものです。蚊取り線香の火で先の黒いところに火を付けると、上に燃えていきながら、だんだんと玉が大きくなります。やがて、玉がジクジクと震えだし、パッ!パッ!とたんぽぽの綿毛のような火花が飛び出します。真ん中の玉は奇妙な動きをしています。だんだんと火花に勢いがなくなり、柳の葉のような火花になります。真ん中の玉も小さくなり、ついには、ポタッと落ちます。この一連の流れが線香花火の趣のあるところです。
  あの線香花火にまた会いたい思いが強くなりました。
  

蚕の幼虫

  蚕が桑の葉を食べているのを見るのが好きです。
  たくさんの蚕を飼っていると、その音がまたいいものです。
  蚕の幼虫(4齢?)  蚕の幼虫(4齢?)
  繊維学部からいろいろな種類の蚕の種をもらってきて、飼ったことがあります。もう20年くらい前のことですが、蚕が大きくなるにつれて、箱がどんどん増えて、桑の葉も大量にいるようになって、箱は湿気でぶよぶよになって、それでも最後まで飼った思い出があります。
  野生の蚕は蛾が飛び回りました。黄色い繭を作る蚕やゼブラ柄の蚕など、おもしろかったです。
  

1983年5月

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2008年4月28日 22:20
  • 思い出

  息子が1才になったとき、徳島から父母が来ました。
  茅野や上田をドライブして、松本空港から帰りました。
  息子と父母(1983年)
  1983年(昭和58年)5月8日の写真です。

  5月末に妻と息子と僕の3人で徳島に行きました。
  2人の友達にもちょうど1才になった息子がいて、おもしろい再会です。
  祖母と息子の写真です。
  息子と祖母(1983年)
  1983年(昭和58年)5月28日
  祖母は78才です。3年前に100才で他界しました。
  元気な ばあちゃんでした。
  

ひんけとれへんで?

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2008年1月29日 22:08
  • 思い出

  今夜も母から電話がありました。
  みかんを送ったのが着いたかどうかの確認です。前に送ってくれたみかんがまだ残っていて、それから食べているという話をすると、「ひんけとれへんで?」と聞いてきます。「ひんける」というのは、「古くなってシワシワになっている状態」 のことで、「ひんけとれへんで?」というのは、「古くなってシワシワになっていないですか?」という意味です。
  方言て いいもんですね。

ほなけんな

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2008年1月28日 22:43
  • 思い出

  徳島の方言が思い出されます。
  母が同じソフトバンクの携帯を持ったことから、9時まではただということで、よく電話をかけてきます。必然的に週3回ほど阿波弁のしゃべりを聞くことになります。
  「ほなけんな。」=「そうだからね。」 「たっすいでえ。」=「つまらないじゃない。」
  というような阿波弁がポンポン出てくるのです。忘れかけていた言葉を懐かしく感じながら、自分も阿波弁を少し混ぜて話します。全部を阿波弁にできない自分に気づきながら・・・。
  ふるさと徳島を離れて、34年になります。

県民性

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2008年1月27日 22:29
  • 思い出

  先日、テレビの番組を見た人が、「徳島の人はお好み焼きにお豆を入れるんだって?」と、僕に聞いてきました。
  「そうだよ。」と答えると、「本当なんだ。」と大笑いしました。僕はお好み焼きに甘い煮豆を入れるのが大好きです。
  花豆と豚肉のお好み焼き  花豆と豚肉のお好み焼き
  今日、作ったお好み焼きは、市販の甘い花豆を入れましたが、おいしかったです。妻も最初は驚いていましたが、今日は自分のお好み焼きに豆を入れていました。
  小さいときから、母は自分で煮た豆をお好み焼きやちらし寿司に入れていました。徳島では、めずらしいことではありません。笑っていた同僚に、ちらし寿司の話をすると、「え~っ。寿司にはちょっと。」と言っていました。
  そんな、長野県人も、次の週の番組で、よく万歳をするとびっくりされていたようです。何かにつけて万歳をしたがる。さらにお返しの万歳まである。ということでした。
  みんな、その地域のよさではないでしょうか。

成人式

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2008年1月15日 22:05
  • 思い出

  33年前の1月15日は、松本に住んでいました。
  成人式の通知が松本市から届いていたわけですが、徹夜麻雀明けで寝ていたように思います。成人式に行ったところで、知っている人がいるわけでもなく、めんどうだったので、下宿でごろごろしていました。
  この頃は、スキーと麻雀とアルバイトの日々でした。大学もたまには行っていましたが、学校では身に付かない多くのことを学んだと思っています。

仮装行列

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2007年12月13日 23:14
  • 思い出

  NHKの大河ドラマ『風林火山』が最終回を迎えますが、38年前の大河ドラマは『天と地と』でした。
  石坂浩二さんが主役で、上杉謙信役をしていました。その上杉謙信と妻ということで、馬に乗った二人を仮装行列で行いました。
  中学3年生の体育祭
  あの頃は、体育祭のメインイベントだったように思います。3年生だけが、仮装を行うのです。友達のAとダンボールで馬を作ったり、かぶとや鎧を作ったりして楽しかった思い出がよみがえります。

鹿教湯温泉泊まり

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2007年12月 8日 14:47
  • 思い出

  アメリカの思い出を語る会を鹿教湯温泉宿泊で今夜行います。
  ゆっくりと温泉につかって、おいしいものを食べて、おいしく飲んで、語り合いたいと思います。
  それでは、行ってきます。幹事なので、早く行きます。

アメリカの会

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2007年11月26日 22:59
  • 思い出

  アメリカの会というのを開きます。
  16年前に文部省の研修でアメリカへ行った仲間が毎年開いている会で、今年は僕の当番になっています。
  12月8日(土)に泊まりで予定していますが、高齢化も進み、多忙や健康面のことで欠席が増えてきています。今年は今のところ、6名の参加です。
  それでも毎年、開催しているところに大きな意味があると思います。続けることは大きな力になっているのではないでしょうか。

我が故郷の山 眉山

  二泊三日で徳島に行ってきました。
  7月31日(火)は快晴。
  名古屋駅前タワーズ 名古屋で途中下車して、51階まで上がりました。
  明石大橋 明石大橋は6車線。
  8月1日(水)の朝6時 散歩に出ました。
  眉山 眉山が本当に眉のように見えます。
  弟の家で飼っているビーグル犬。名前はクー。一才になったところです。
  クーと僕 飛びついて来て、そこらじゅうペロペロとなめまわします。
  甥のサッカー練習や姪の阿波踊り練習を見ることができ、有意義な2泊でした。

息子と娘のBEST SHOT

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2007年6月 6日 22:26
  • 思い出

  1993年に家族で北海道旅行をしたときの写真です。
  長万部の海岸
  長万部の海岸で、きれいな砂浜でした。家族4人とたくさんの海鳥がいるだけの広い海辺です。砂に字を書いたり、流れてきたブイを海に投げたり、鳥たちを追いかけたりして遊びました。
  家族の時間がゆったりと流れていました。

懐かしい松本の街を訪ねて

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2007年5月13日 22:24
  • 思い出

  妻と松本へ行きました。
  まずはじめに、僕が2年間下宿していた沢村の大沢さんの家を訪ねました。しかし、アパートが建っていて昔の面影はなく、見つけることはできませんでした。
  次に、駅前にあるジャルダンという、紅茶を飲みに行った店をさがしましたが、これまた見つかりません。ジャルダンのあったと思われる場所は理容店になっていました。30年の歳月が過ぎ、浦島太郎になった気分でした。
  藤の花  縄手通りと四柱神社
  縄手通りは新しく、きれいになっていました。よく映画を見に行っていた中劇シネサロンもなく、マンションの建築中です。その前にあった「たい焼き屋」さんで、ちょっと休憩をしました。
  たいやき屋さん前  カエル大明神
  鯛焼きを食べたベンチの横に、カエル大明神というのがあって、二宮金カエルの像がありました。
  四柱神社
  縄手通りの入り口には、蓮の葉をかついだカエルの像があります。バックに写っている家具屋さんは、大学に入ったときに机を買ったところです。
  縄手通り入り口のカエル像
  千歳橋(せんさいばし)や本町も広くなり、きれいな店が並んでいました。
  千歳橋  本町
  アルバイトをしていた紳士服の店は大きくなっていました。
  ちんどん屋さん
  開運堂の横をちんどん屋さんが通りました。久しぶりに見ました。

夕焼け

  きれいな夕焼け空でした。
  夕焼け空
  ♪ゆうやけぞらがまあかっか~とんびがくるりとわをかいた ほ~い~のほ~い♪という歌が急に思い出されました。

昔の写真をデジタル保存

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2007年2月11日 22:27
  • 思い出

  古いアルバムからデジタルで残しておきたい写真をスキャナしました。
  東小学校の遠足で、国分寺公園へ行ったときの写真がありました。ちょうど藤の花が満開で、棚から1m以上も垂れ下がっていて、とても見事です。
  かばんの藤
  この藤は「カバンの藤」と呼ばれていて、昔、八十二銀行の頭取がカバンに入れて持ってきた藤だということです。

無償の愛

  『東京タワー』を見ました。フジテレビ月曜日9時のドラマです。
  第3回でしたが、毎回泣いてしまいます。それは、母親の息子への愛があまりに大きいからです。見返りを求めない、息子への愛にあふれているからです。
  僕が徳島を離れて、母に悲しい思いをさせていると思うとなおさらです。僕も浪人のときや留年のときに今日のドラマの主人公のような思いをしたものです。息子を信じて、ひたすら愛し続けてくれる母の存在は大きく、息子を人の道に導いているように思います。

17年前の写真

  西小の校庭には雪が残り、ぬかるんでいるため、ソフトボールの練習はなしです。
  昨年暮れに買ったスキャナで昔の写真をパソコンに取り込みました。1990年と91年のものです。
  1990年市民の森スケート場
  この写真は1990年1月15日の上田市民の森スケート場です。左から息子・娘・僕です。
  いろいろな写真を見ていて、思い出すものもあれば、もう忘れてしまったものもあります。自然と微笑んでしまいました。 

初めての長野県

  • Posted by: 村ちゃん
  • 2007年1月18日 21:44
  • 思い出

  古い写真をスキャナで取り込みました。
  1973年長野駅ホーム 左の横顔が僕です。
  僕が初めて長野県に来たときの写真です。高校を卒業した春に弟と二人で旅行しました。長崎へ行ってから、山陽北陸と通って、新潟から入って来ました。1973年3月29日のことです。
  この後、松本へ行って、初めて見た北アルプスに感動しました。
  それから34年、長野県に住んでいる時間の方が倍近くになってきました。

谷山浩子のCDありました

  今日、タワーレコードで買ってきました。昔のLPレコードではなくて、ベストなので、♪猫の森には帰れない♪と、♪すずかけ通り三丁目♪しか入っていませんでした。ほかに♪山猫おことわり♪や、きつねのコンクールのお話がほしいのですが、頼めば、あるのかな?そういうCDアルバム。

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