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思い出のアーカイブ
暖かい夜
上田駅前から歩いて帰りました。
午前1時15分帰宅です。
暖かい夜で、風も冷たくありません。
下弦の月が東の空高くぼんやり見えていました。
一日の歩数が25011歩です。
朝の校庭5周から、常田新橋2往復で2万歩を越え、PTAの飲み会で「こう太」「ねぶた」とはしごして、歩いて帰りました。
カラオケでは、「愛の奇蹟」「なごり雪」を歌いました。
自分で歌うより、聴いている方が楽しく感じた夜でしたが、歌わないといけない雰囲気がありますので、何とか歌いました。
最後に「三日月」を歌っていたお客さんがいて、しばらく、それを口ずさみながら歩きました。
国道へ出ると、プラタナスの枯れ葉が歩道や車道に落ちていて、それを踏むとけっこう大きな音がします。
自然と♪プラタナスの枯れ葉舞う冬の道で プラタナスの散る音に振り返る♪と歌い出してしまいました。
朝は雨になるのでしょうか。
地質調査があるので、早く寝るようにします。
「どびとるでえ。」
阿波弁です。ずっと思い出さずにいましたが、今日、お風呂の中で、ふと頭に浮かびました。
お風呂に入ったら、お湯がぬるくて、追い焚きをして、暖まるまで15分くらいずっとお湯につかっていました。
そうすると、指がしわしわになってきて、ふと「どびとるでえ。」という言葉が思い出されたのです。
子どもの頃、お風呂上がりに、母が僕の指を見て言った言葉で、自分でも、どうして指がこんなにしわしわになるのだろうと不思議に思ったのを覚えています。
もう、ずっと口にしたことがない言葉でしたが、「どびる」という言葉を「ふやける」というような意味で使っていました。
残ったおかず等をとっておいて、水っぽくなって腐っているときも、「どびとる。」と言っていました。
40年ぶりに頭に浮かんだような気がします。
徳島城東高校東京支部同窓会2010
城東高校48年3月卒の東京近辺同窓会が新宿三井ビル54階で行われました。
男性5名・女性8名の13名が参加しました。
徳島から来てくれた夫婦もいます。
懐かしい写真を見て、昔のことを思い出したり、近況報告を聴いたりして、楽しい食事ができました。
記念撮影です。女性はお美しいかたばかりなのですが、個人情報に配慮しました。![]()
二次会は全員で都庁へ移動。
都庁のエレベーター内は、この13名で貸し切り状態。
展望室に着いて、スカイツリーやら東京タワーを見つけて、高校時代のように喜んでいます。
富士山は見えませんでしたが、神宮外苑の銀杏並木や代々木公園の紅葉を眼下に見ることができました。
55才・56才なので、さすがに長く立っていられません。
展望室でTea Timeです。
夕日が沈むまで語らいました。
また、それぞれの日々の生活へともどって行きます。
次回は、来年の秋ということです。
新宿駅へ向かう途中にNSビルに寄りました。
NSビル内は吹き抜けになっていて、クリスマスツリーと水車で動く大きな時計がありました。
お昼の同窓会でしたので、家に7時に着くことができました。
これくらいに帰れると楽ですね。
繊維学部東雲祭2010
卒業して30年以上立ちました。
それでも、部室には、僕の撮った槍ヶ岳が壁に貼ってありました。
もう、いつ取り壊されてもいいような鉄筋コンクリートの壊れかけた部室です。
僕が所属していたのは「日曜山歩会」という名の部でしたが、今はユースホステル部になっていました。
他にも、変わっていないもの、変わってしまったもの、いろいろと懐かしく想いながら、繊維学部の中を妻と散歩しました。![]()
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新しく建築中の建物もあります。![]()
企業による建物で、大学から人材をすぐに入れられるようにするようです。![]()
7階から見ると、大学構内や上田の街がよく見えました。![]()
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7階では、100周年の資料が展示されていて、昭和55年の東雲祭の様子がビデオで紹介されていました。
僕が大学祭を楽しんでいた少し後の様子でしたが、当時を思い起こさせるのに十分です。
大きな龍の御輿を作って、上田駅前まで行ったことを思い出しました。
今はこんな御輿のようです。![]()
僕は、当時、日曜山歩会の店をやっていて、焼きそば・ぜんざい・ポップコーンを作って売っていました。
その辺の伝統は受け継がれているようで、焼きそば屋がありましたので、買って食べてみました。![]()
他にも、焼き鳥と牛すじ煮込みも食べました。
焼鳥屋は、煙がすごく、「これはテントに染みるだろうな。」と、思って、テントを見ると、城下小学校のテントでした。![]()
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他にも、洋服屋とか、沖縄料理の店に城下小のテントが使われていました。![]()
繊維学部メインストリートは変わっていません。![]()
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学生も関西なまりで話していました。
太郎山夜間登山をするために、時間つぶしをしていた建物がボクシングジムのようになっていましたが、変わっていません。
レンガの倉庫は資料館になっていました。![]()
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妻と二人で、あの青春時代にタイムスリップしたような感覚で大学の中を歩いた楽しいひとときでした。
イオンで買い物をして帰宅する途中で、繊維学部修己寮の御輿に会うことができました。![]()
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徳島県立城東高等学校同窓会(東京支部)
- 2010年10月 5日 22:58
- 思い出
2006年1月、城東高校同窓会(東京支部)に参加しました。
あのときに30年ぶりに会った親友のHが半年後に亡くなりました。
その告別式のときに同じく30年ぶりに会ったNが今年の正月に亡くなりました。
「同窓会に出ておかなくては、もう会えないかもしれない。」
と、思うようになりました。
僕にも友達にも、いつ死が訪れるか分かりません。
今を精一杯生きて、会えるときに会おうと思います。
11月に同窓会があるので、参加します。
サイレンナイト
クリスマスイブです。
いろいろなイブの思い出があります。
子どものときは、サンタさんが来るか、ワクワク、ドキドキでした。
学生時代のクリスマス、結婚してからのクリスマス、そして、子どもができて枕元にプレゼントをそっと置くイブの夜。
今夜は、DVDの作成に息子と二人で取り組んでいるイブです。
世界中の人たちがそれぞれのイブを過ごしていることでしょう。
メリークリスマス。
信州哀歌
- 2009年10月31日 23:24
- 思い出
信州大学繊維学部時代の飲み会でよく歌っていた歌「信州哀歌」です。
歌詞は、季節ごとになっていて、
1番 ♪春は小諸の懐古園 桜吹雪を背に受けて 信州乙女は泣いて言うた 今宵散ってもいいわと言うた♪
2番 ♪夏は星降る千曲川 水に映りし月を見て 信州乙女は泣いて言うた 今宵濡れてもいいわと言うた♪
3番 ♪秋はりんごの木の下で 長い黒髪なびかせて 信州乙女は泣いて言うた 今宵あげてもいいわと言うた♪
4番 ♪冬は静かに降る雪に たもと濡らしてせつなげに 信州乙女は泣いて言うた 早く卒業してねと言うた♪
確か、こんな歌詞でした。「早く卒業してね。」と言われながら、6年も大学に通ってしまいました。
子どもの頃の相手を痛めつけるひどい言葉
お風呂に入っていて、小学生の頃のことを思い出しました。
けんかして、相手を痛めつける言葉です。捨て台詞のようにして言って、逃げていくのですが、言われたら、とても悔しかった覚えがあるし、自分でも言っていたように思います。
歌のように音程とリズムがあって、
♪あ~ほ~バ~カ~ちんどんや おまえのかあちゃんで~べ~そ♪
と言うのです。
今思えば、なんてひどい差別をしていたのでしょう。ちんどん屋さんに対しての職業差別です。
でもその頃は、気にしていませんでした。それより、自分の母親のことを馬鹿にされて怒ったり、悔しがったりしたのです。
今の子どもたちが、けんかして、相手を痛めつけようとして言う言葉は、「死ね。」「殺す。」などどいう物騒な言葉です。直情的で短絡的な感じがします。昔のようにリズムをつけて長めに言っていれば、腹立たしい気持ちも少し収まるかもしれません。
S先生の思い出
- 2009年2月22日 17:45
- 思い出
S先生の告別式に参列してきました。
教員関係や役場関係の方々が多く参列されていました。
S先生とは2年間同僚として、楽しく過ごさせていただきました。ゴルフやカラオケなども御一緒させてもらい、公私に渡ってお世話になりました。明るく楽しい方で、笑顔の思い出しかありません。退職後も、お孫さんと楽しそうにしている年賀状の写真を見るにつけ、こんなに早く亡くなられるとは思いませんでした。具合が悪くて入院しているという話を聞き、携帯電話のメールでやりとりをしていました。残念です。ご冥福をお祈りいたします。
ロスの思い出
ニューヨークの思い出
1991年の10月にニューヨークへ行った写真です。
地下鉄でサウスフェリー駅まで行って、Missエリーという船に乗りました。船から見たマンハッタンです。

船から見た自由の女神のあるリバティー島です。

一人旅なので、近くの人に頼んで、カメラのシャッターを押してもらいました。

マンハッタンにもどって、ウォール街を歩き、世界貿易センター近くから地下鉄に乗り、タイムズスクエアとグランドセントラルで乗り換えて、77st駅で降りました。
セントラルパークまで歩き、メトロポリタン美術館に入りました。入場無料で、ルノアールが見られるなんて。

バスに乗ってレキシントンAve.を下り、57st.で降りて、歩いてホテルにもどりました。
エンパイヤーステートビルから見たイーストリバー方面の夜景です。右側にクライスラービル(2009年現在、持ち主が変わっているようです。)が見えます。

イーストリバーのデッキにて

国連ビル前にて 拳銃の先を結んであるモニュメント

セントラルパーク Strawberry FieldのImagineの印

セントラルパーク 氷河の跡が残る岩

聖ヨハネス大寺院 まだ建設中の教会で、バージンロードが165m、地下にバスケットボール場やコンサートホールができる予定

ハーレムの街角

コロンバスデー(10月第2月曜日の祝日) 五番街のパレード

夜のタイムズスクエア カーネギーホールはお休みでした。

もう18年も前のことになりました。また、行ってみたい所です。
リクエスト曲
今、学校で職員のリクエスト曲をお昼の時間に流しています。
来週が〆切なのですが、悩んでいます。昔の歌もいいのですが、子どもたちには分からないだろうし、かと言って最近の歌はよく知らないし、恋とかキスとかが歌詞に入っているのもまずいだろうし、・・・。
やっぱり、宮崎駿のアニメ音楽がいいんじゃないかと思ったら、最初に思い浮かんだのが、『風の谷のナウシカ』の♪ランーランララランランラーン♪です。曲名を調べてみると、『遠い日々』と言うそうです。
この土日に、CDを借りてこようと思っています。
ナウシカの愛が自然・動物・人間を包みこむ感じでいいですね。
VHSビデオをDVDに
我が家には、26年前のビデオテープがあります。
息子が生まれたときに、初めて持ち出せる家庭用ビデオカメラが売り出され、60万円で購入して、撮影したものです。やっと歩き始めた息子の様子や家族が映像として残っています。
それらを、デジタル化して残しておきたいと思い、GV-MDVD3を使って、VHSビデオデッキからパソコンへ映像を取り入れています。ハードディスクの空きが100Gほどなので、増設を考えています。
8mmビデオテープもたくさんあるので、順次デジタル化していきたいと思っています。
子檀嶺岳
- 2008年9月15日 14:33
- 思い出
30年前の教育実習(城西中)
- 2008年9月15日 13:40
- 思い出
みんなキラキラしてくるね
- 2008年7月21日 17:24
- 思い出
この季節、車を運転していて、車のリアウィンドウや建物の窓・看板・街路樹などが夏の日差しを受けてキラキラしている様子を目にします。
そうすると、浮かんでくるのが、このフレーズ。『みんなキラキラしてくるね。』です。
サイダーの泡と秋吉久美子さんの笑顔。
1976年頃の三ツ矢サイダーのコマーシャルだと思いますが、不思議と覚えています。秋吉久美子さんは僕と同い年だと思いますので、このとき22才。ふくれ面が印象的でした。
満月の入り
今朝、4時半に目が覚めました。
窓ごしに西の方を見ると、太陽が西から昇っていると思えるほど、びっくりしました。
よく考えると、朝だし、太陽は東で日の出前ぐらいです。「あれは、月でしかない。」「満月が沈んでいこうとしているところだ。」と、思えてきました。
そういえば、20年ぐらい前に夜徳島に向けて車で出発し、名古屋の市内で夜明けを迎えたときに、同じように、満月の入りを日の出と勘違いして、東と西がこんがらがって迷ったことがありました。太陽に見えたのが満月だと分かってからは、方向感覚を取り戻しましたが、ナビがあればねえ。
線香花火
- 2008年7月19日 09:22
- 思い出
テレビを見ていて、家族4人で線香花火の話題になりました。
「あんな紙の線香花火が1本で200円もするなんてね。」僕が「昔は藁(わら)だったよねえ。」と言うと、他の3人は知らない様子。86才の義父と81才の義母も知らない。妻も知らないと言います。「え~っ! わらの先に黒い火薬が2cmくらい付いているやつ、知らない?」と聞いても、まったく知らないみたいです。逆に「そんなの売ってるのは徳島だけじゃないの?」と言われてしまいました。
子どものときの懐かしい思い出。長持ち競争をして、赤く輝く小さな玉をじっと見つめたものです。蚊取り線香の火で先の黒いところに火を付けると、上に燃えていきながら、だんだんと玉が大きくなります。やがて、玉がジクジクと震えだし、パッ!パッ!とたんぽぽの綿毛のような火花が飛び出します。真ん中の玉は奇妙な動きをしています。だんだんと火花に勢いがなくなり、柳の葉のような火花になります。真ん中の玉も小さくなり、ついには、ポタッと落ちます。この一連の流れが線香花火の趣のあるところです。
あの線香花火にまた会いたい思いが強くなりました。
蚕の幼虫
1983年5月
- 2008年4月28日 22:20
- 思い出
ひんけとれへんで?
- 2008年1月29日 22:08
- 思い出
今夜も母から電話がありました。
みかんを送ったのが着いたかどうかの確認です。前に送ってくれたみかんがまだ残っていて、それから食べているという話をすると、「ひんけとれへんで?」と聞いてきます。「ひんける」というのは、「古くなってシワシワになっている状態」 のことで、「ひんけとれへんで?」というのは、「古くなってシワシワになっていないですか?」という意味です。
方言て いいもんですね。
ほなけんな
- 2008年1月28日 22:43
- 思い出
徳島の方言が思い出されます。
母が同じソフトバンクの携帯を持ったことから、9時まではただということで、よく電話をかけてきます。必然的に週3回ほど阿波弁のしゃべりを聞くことになります。
「ほなけんな。」=「そうだからね。」 「たっすいでえ。」=「つまらないじゃない。」
というような阿波弁がポンポン出てくるのです。忘れかけていた言葉を懐かしく感じながら、自分も阿波弁を少し混ぜて話します。全部を阿波弁にできない自分に気づきながら・・・。
ふるさと徳島を離れて、34年になります。
県民性
- 2008年1月27日 22:29
- 思い出
先日、テレビの番組を見た人が、「徳島の人はお好み焼きにお豆を入れるんだって?」と、僕に聞いてきました。
「そうだよ。」と答えると、「本当なんだ。」と大笑いしました。僕はお好み焼きに甘い煮豆を入れるのが大好きです。

今日、作ったお好み焼きは、市販の甘い花豆を入れましたが、おいしかったです。妻も最初は驚いていましたが、今日は自分のお好み焼きに豆を入れていました。
小さいときから、母は自分で煮た豆をお好み焼きやちらし寿司に入れていました。徳島では、めずらしいことではありません。笑っていた同僚に、ちらし寿司の話をすると、「え~っ。寿司にはちょっと。」と言っていました。
そんな、長野県人も、次の週の番組で、よく万歳をするとびっくりされていたようです。何かにつけて万歳をしたがる。さらにお返しの万歳まである。ということでした。
みんな、その地域のよさではないでしょうか。
成人式
- 2008年1月15日 22:05
- 思い出
33年前の1月15日は、松本に住んでいました。
成人式の通知が松本市から届いていたわけですが、徹夜麻雀明けで寝ていたように思います。成人式に行ったところで、知っている人がいるわけでもなく、めんどうだったので、下宿でごろごろしていました。
この頃は、スキーと麻雀とアルバイトの日々でした。大学もたまには行っていましたが、学校では身に付かない多くのことを学んだと思っています。
仮装行列
- 2007年12月13日 23:14
- 思い出
鹿教湯温泉泊まり
- 2007年12月 8日 14:47
- 思い出
アメリカの思い出を語る会を鹿教湯温泉宿泊で今夜行います。
ゆっくりと温泉につかって、おいしいものを食べて、おいしく飲んで、語り合いたいと思います。
それでは、行ってきます。幹事なので、早く行きます。
アメリカの会
- 2007年11月26日 22:59
- 思い出
アメリカの会というのを開きます。
16年前に文部省の研修でアメリカへ行った仲間が毎年開いている会で、今年は僕の当番になっています。
12月8日(土)に泊まりで予定していますが、高齢化も進み、多忙や健康面のことで欠席が増えてきています。今年は今のところ、6名の参加です。
それでも毎年、開催しているところに大きな意味があると思います。続けることは大きな力になっているのではないでしょうか。
我が故郷の山 眉山
息子と娘のBEST SHOT
- 2007年6月 6日 22:26
- 思い出
懐かしい松本の街を訪ねて
- 2007年5月13日 22:24
- 思い出
妻と松本へ行きました。
まずはじめに、僕が2年間下宿していた沢村の大沢さんの家を訪ねました。しかし、アパートが建っていて昔の面影はなく、見つけることはできませんでした。
次に、駅前にあるジャルダンという、紅茶を飲みに行った店をさがしましたが、これまた見つかりません。ジャルダンのあったと思われる場所は理容店になっていました。30年の歳月が過ぎ、浦島太郎になった気分でした。

縄手通りは新しく、きれいになっていました。よく映画を見に行っていた中劇シネサロンもなく、マンションの建築中です。その前にあった「たい焼き屋」さんで、ちょっと休憩をしました。

鯛焼きを食べたベンチの横に、カエル大明神というのがあって、二宮金カエルの像がありました。

縄手通りの入り口には、蓮の葉をかついだカエルの像があります。バックに写っている家具屋さんは、大学に入ったときに机を買ったところです。

千歳橋(せんさいばし)や本町も広くなり、きれいな店が並んでいました。

アルバイトをしていた紳士服の店は大きくなっていました。

開運堂の横をちんどん屋さんが通りました。久しぶりに見ました。
昔の写真をデジタル保存
- 2007年2月11日 22:27
- 思い出
無償の愛
『東京タワー』を見ました。フジテレビ月曜日9時のドラマです。
第3回でしたが、毎回泣いてしまいます。それは、母親の息子への愛があまりに大きいからです。見返りを求めない、息子への愛にあふれているからです。
僕が徳島を離れて、母に悲しい思いをさせていると思うとなおさらです。僕も浪人のときや留年のときに今日のドラマの主人公のような思いをしたものです。息子を信じて、ひたすら愛し続けてくれる母の存在は大きく、息子を人の道に導いているように思います。
17年前の写真
初めての長野県
- 2007年1月18日 21:44
- 思い出
谷山浩子のCDありました
今日、タワーレコードで買ってきました。昔のLPレコードではなくて、ベストなので、♪猫の森には帰れない♪と、♪すずかけ通り三丁目♪しか入っていませんでした。ほかに♪山猫おことわり♪や、きつねのコンクールのお話がほしいのですが、頼めば、あるのかな?そういうCDアルバム。
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